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Furamu Kitagawa
北川 フラム   アートデレクター

ヒルサイド覚書

ヒルサイドテラスに移ってきて8年になる。十年ひと昔というが、早いものだ。私はといえば、20年も前、第1期の竣工時に、青田美容室に通う姉に連れられて、「これが槇さんの建物、あれがペデストリアンデッキ」と説明され、レンガ屋のミルフェイユを食べさせてもらったことを鮮明に覚えている。これがエレガントな建築なのだ、と納得したものだ。トイレがどういうわけか仮設で外にあったなあ。

私たちの画廊が今あるのは、まったく朝倉さんのおかげで、彼らのお人柄や街を愛する気持ちについては、多くの人が述べるだろうし、私にとっても恥多きことがあるのでここでは書かない。ただ、そのことで多少自慢気に言うならば、もうヒルサイドギャラリーという名前は、一画廊の展示室という範囲を越えて、外国では有名になっているらしい。コンテンポラリーアートと言うと、御殿山の原美術館→ヒルサイドギャラリーという見学コースが外国の美術関係者のおきまりとなっている。外国語に慣れたのも嬉しい余得のひとつだ。川俣正、柳幸典、牛島達司、白井美穂、國安孝昌、山口啓介、竹田康宏、といった作家の名は、ヒルサイドと分かちがたくあまねく知られ、私たちが仮に引越すとしても、ここにはギャラリーを残しておかなきゃいけなくなった。ヒルサイドを足場に活躍するこれらの作家の名を挙げてみてナルホドと気づくことがある。みなさん、強いパワーをもったインスタレーションをよくやることで共通しているのだ。

「工事中」と名づけられた、ヒルサイドテラスA棟を囲んだ川俣さんのインスタレーション(これは皆さんの顰蹙もかいましたが、新聞の社会面や「フォーカス」にまで登場しました)をはじめとして、多くは、作品が画廊を飛びでてまで展開するし、画廊の中に止まる場合も力強い作品が多い。その理由は、ギャラリーのあの水槽のような大ガラスによるところが大きく、あの透過空間は、実に魅力的であるわけだが、作品は、外部(あの代官山らしくない猥雑な交差点)との対決を強いられる。つまり、あの空間のおかげで、日本の美術は国際的に通用する力をもてたわけだ。

この大ガラスに関しては面白いことがある。ある日、出社してみるとガラスがはずされていた。その日のうちにガラスは嵌め込まれ、こんなに早い工事には滅多にお目にかかったことはなく、さすがに竹中さんと関心したが、どうも腑におちない。後でわかった事実は(今はもう時効になっているから言ってもいいだろう)、夜半、酔っ払った代議士が、車ごとガラスに跳び込んだそうだ。同乗車もいわくありげだったが、ともかく事故は、代議士の秘書が起こしたということにして、例の交番も跳び越えて、警察庁と竹中工務店に手を回したらしい。損害賠償はいくらでもするとは、選挙を間近に控えた事務所の弁だが、さすがに政治家、こちらから何も言わない限り何もしない。今年で5年になるがこれまで何も言ってこない。あの大ガラスは、さまざまな意味で話題に事欠かないヒルサイドのランドマークになっている。

代官山のステータスについては皆さんが書かれるだろうから、ここに働く私たちの喜びはさておき、ステーションについて一言。代官山駅プラットホームの延長工事の折、工事後も駅の出口は並木橋寄りになるという噂が流れた。この時、徳道さんは、座り込んでもそんなことは阻止するといって強談判したという話が伝わった。私たちもこの話を聞き、線路に座り込む精神的準備をした。幸い、この強談判のせいか、工事後の出口は以前に戻り、雨の日のたびにその有難さが分かるのだが、あの汚い歩道橋と電信柱については、これからどのような手が出てくるのか楽しみだ。

ひとつの建物が、街全体をつくりあげていくという良い例を、ここヒルサイドテラスで実地に感ずることが出来たという僥倖は、私にとって何にもかえ難い経験だった。街づくりについての講演やシンポジウムで、私は「そこに住む人がいることで、その街の再開発が血のかよったものになる」と言い続けている。

代官山は、朝倉一家(?)にとって、私にとっての新潟県高田市本町3丁目と同じく、ふるさとなのだ。そのふるさとに入り込んで出店している私は、そこに住む人たちとどう折り合い、どう折り目正しく生きていくかが問われている。自戒をこめてこのことを忘れたくないと思う。書きたいことは山々だが紙数も尽きた。商売柄私は、この街に美しいストリートファニチュアが置かれ、関係者の手でアートワークが広がっていくのを夢想する。デンマーク大使館やバプテスト教会の空地まで、大袈裟なものでない豊かなアートが、テンポラリーに設置される日があるかもしれない。電信柱や歩道橋を官庁に任せておいてはいけない。その意味で、代官山は官に代わる故郷の山として読み替えられる日を待っている。

北川フラム 経歴

アートディレクター。
(株)アートフロントギャラリー代表、女子美術大学教授。
1946年新潟県高田市生まれ。東京芸術大学卒業。「ガウディ展」「アパルトヘイト否!国際美術展」等の巡回展、企画展をプロデュース。また都市・建築・まちづくりにおけるアート計画を多数実践。代表的なプロジェクトとして「ファーレ立川アート計画」(1994年/住宅・都市整備公団)など。現在、新潟県越後妻有地域の地域活性化事業等に携わっている。
2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章受勲。

HPアドレス http://www.artfront.co.jp/jp/index.html

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